名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)350号 判決 1977年12月19日
控訴人 名西鉄構建設株式会社
右代表者取締役 木村信二
右訴訟代理人弁護士 芦苅直巳
同 久保恭孝
同 芦苅伸幸
同 星川勇二
被控訴人 清水志保子
<ほか二名>
右三名訴訟代理人弁護士 原山剛三
同 水野幹男
同 水野弘章
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人らに対し各金三六九万六、五七二円及び内金三三四万六、五七二円に対する昭和四七年二月二一日から、内金三五万円に対する同四八年一月一九日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審共五分しその三を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。
この判決は第二項にかぎり仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上法律上の主張並びに証拠関係は左に付加するものの他は原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する(但し、「インパクトレンヂ」とあるのはいずれも「インパクトレンチ」と訂正する)。
一、控訴代理人の陳述
(一) 不法行為の成立要件である過失は具体的状況の下において一定の結果の発生を知り得べきであったのにこれを知らなかったという点に求められる。
そして控訴会社の橋桁製作施設はもちろん所定の作業実施方法には何ら不当な点はないのであって養生を施すことは、むしろ安全を確保するための過剰ともいうべき予防措置なのである。
また本件と同様な橋桁に養生を施さずにインパクトレンチを使用してボルト締め作業をしても橋桁が横転することはないのであり、そのように信じていた控訴会社の林紘行、小山康夫に対して亡岩崎正和が右の作業をするに際し養生を施すよう指示し、もって事故の発生を未然に防止すべき注意義務があったということはできないのである。
なお本件事故発生の前後を通じて控訴会社の工場内には、本件橋桁を横倒しするような大きな外力が発生しかねないような危険な状況は存しなかったものである。
すなわち本件事故発生当時、事故現場である右の工場において作業に従事していた者は、本件橋桁の製作にあたっていた林班の五名だけであり、他の作業員がクレーンを作動するという可能性は皆無であった。また林班の岩崎兄弟をのぞく三名は事故発生の時キャンバー加工のためのバーナーの準備等をしており、その所在場所もかなり明確になっており、彼らがクレーンを作動させるということも考えられないところである。
したがって本件事故はクレーンによって発生したものではない。
(二) 本件事故の第一次的原因である何らかの大きな外力は、橋桁を横倒しにする程の極めて大きな力でなければならないから、仮に橋桁に養生を施していたとしても、その大きな外力の前には本件事故を防止し得なかった可能性も十分に存するのである。
そして、右の養生をしなかったから本件事故が発生したとの事実は被控訴人において立証する責任があるものであり、本件においては右の因果関係が存在することが明白ではないから控訴会社は本件事故について責任がない。
(三) 仮に本件事故につき控訴会社に責任があるとしても、本件事故の発生の最大の原因は正和自身の過失にあるのであり、この点は損害額を定めるにあたり斟酌されるべきである。
本件事故が発生したのは、ジョイント作業を一応終えた後臨時追加作業の時であって右正和もそれ以前の作業において林らと共に本件橋桁のジョイント作業に従事していたのである。しかも本件事故以前におけるジョイント作業においては控訴会社側の安全指導により養生を施して作業をしていた。
ところで亡岩崎正和は林らと共にこの種作業に熟達していたのであるから事故発生当時養生を施したうえでボルト締め作業をすべきであることは十分に認識していたのである。にもかかわらず養生を施さないで作業を始めたのは亡岩崎正和自身であり仮に右の養生をしなかったことが本件事故の原因であるとするならば、その責任の大半は右同人に存するものといわざるを得ない。
使用者側が従業員の安全管理に尽力しなければならないことはいうまでもないが、これにもおのずから限界はあるのであり、同一の作業を続行しているような場合には、その都度指導されなくとも、作業員は当然自身が従前指導を受けてきた作業方法により、作業を行うようにしなければならないことは否定できないところである。
二、被控訴代理人の陳述
(一) 控訴人は作業者が作業中に本件橋桁を倒す程度の大きな外力が加わらないように配慮しかつ本件橋桁を倒す程度の外力が加わった際においても本件橋桁が倒れないような作業方法を採用し、尚本件橋桁が作業中に倒れた際にも当該作業者が負傷しないよう万全の配慮をなす義務があるに拘らず控訴人は右義務の履行を怠っていたのである。
(二) 控訴会社にあっては、工場内にクレーンが常時移動し重量物を運搬しており、また橋桁の強度試験に際しては、橋桁を端吊(はながけ)したうえ板木をかうことが行われていたのであって、本件事故発生時にもボルトの穴合わせの際にクレーンを用いて端吊が行われていたのである。したがって本件事故は右のクレーンを移動中橋桁にひっかけたか、あるいはボルト締めが終了したと錯覚し板木をかうためクレーンにより橋桁の一方を端吊しあやまって橋桁を横倒れさせたかのいずれかに因るものであると推認される。いずれにしても控訴人の過失に起因して本件橋桁に大きな外力が加えられたものであることは明白である。
(三) 次に養生を施しても橋桁の横倒れを防止できないような大きな外力は地震等の天災地変の他は控訴会社もしくはその従業員の過失に起因する行為以外に考えられない。
控訴会社において右の大きな外力が天災地変等の不可抗力によるものであることを立証しないかぎりはその責任は免れないものである。
(四) 控訴人は本件事故の発生につき亡岩崎正和にも過失があったと主張するがその前提とするところは本件作業現場において作業の指揮命令をなし作業上の安全を確保する義務を負っている林紘行、小山康夫らの注意義務と右両名の指示のもとに働いていた岩崎正和の注意義務を同列において考えるものであって、根本的に誤りをおかしているものというべきである。
理由
一 被控訴人三名と正和との身分関係が被控訴人ら主張のとおりであり、控訴会社が被控訴人ら主張のとおりの株式会社であること、正和は控訴会社に雇傭され控訴会社工場内で橋桁製作作業に従事していたものであるところ、昭和四七年二月二一日午後一時二五分頃控訴会社工場内で橋桁製作作業に従事し、インパクトレンチでジョイント部のボルト締めをしていたところ、橋桁が倒れて、傍らにあったチャンネル(U形鋼)にはさまれ、被控訴人ら主張の傷害を蒙り、同日午後一時五五分死亡したことは当事者間に争いがない。
そして、《証拠省略》を綜合すると、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》
前記橋桁製作作業はI形鋼(横板上下とも幅三〇センチメートル、厚さ二・二センチメートル、縦板高さ八九センチメートル、厚さ一・四センチメートル)を所定の寸法に合わせて切断したものを三本接続し、長さ二四・一三メートルの橋桁(重さ約四・八六トン)を作り、これにキャンバー加工を施す作業であって、その作業方法として、コンクリート床に五メートル間隔にレールを敷き(床面からの高さは七~一〇センチメートルとなる)、このレールに直角になるようにI形鋼を四列に並べて各列の三本を継目にプレート板をあててこれと鋼材とをインパクトレンチを用いボルトで締める方法がとられていた。そして、右接続作業(ジョイント作業とよばれている)時における橋桁横倒れ防止のため右四列のI形鋼を各二列ずつ鉄製アングルで箱形状に固定し、さらにヒッパラーという鎖を主体にした道具で固定させる措置(この措置を養生という)をとることとされていた。本件事故当日正和は林班(班長林紘行以下五名)に属し、右橋桁製作作業に従事していたのであるが、林班では午前をもってジョイント作業は一応終了したものとして、養生を外しておいたところ、昼休み時に正和は北側の橋桁にボルトの締め忘れた個所のあることを思い出し、林班長にその個所のボルト締めを午後にする旨を告げ、午後になって正和は弟の被控訴人岩崎正明と二人で当該個所のボルト締め作業を養生をしないまま実施し、北側の橋桁(以下本件橋桁という)の北側でインパクトレンチを用い、被控訴人岩崎正明は反対側でボルトの頭をスパナで抑えて作業をしていたところ、午後一時二五分頃突然本件橋桁が倒れ本件事故が発生した。なお、林班長は正和らの傍でキャンバー作業の準備をしており、正和が養生をしないままジョイント作業をしていることを知っていたが長年の経験から橋桁が倒れることはないと思い養生を施すよう注意を与えることはしなかった。
以上の事実が認められるところ、さらに《証拠省略》によれば、レール上におかれた前記I形鋼三本を接続した橋桁を横転させるに要する力の最低限度は、インパクトレンチを用いる場合、インパクトレンチ上端部(その高さは、橋桁の下部の横板の厚さ二・二センチメートルを加えて約四五・二センチメートルとなる)で約一五〇〇キログラム重であり、橋桁の上端部(高さは八九センチメートル)でも約七〇〇キログラム重であって、右のような橋桁が、インパクトレンチを用いたジョイント作業による振動或いはボルトの穴合せの際に加えられる作業員の力によって横転することは力学上考えられないことが認められる。
以上認定の事実によれば、正和ら従業員がジョイント作業中にI形鋼に加えた力によって横転事故が発生したと考えることはできず、本件橋桁がレール上に安定を欠いた状態でおかれたとみるべき証拠もないから、かなりの程度の外力が本件橋桁に加わって横転したとみるほかはないが本件橋桁横転を惹起した原因となるべき力がどうして加えられたのか、また、その力の程度如何も、本件全立証によるもこれを明らかにすることはできない。
二 そこで、以上の事実関係に基づいて控訴会社の責任の有無について判断する。
控訴会社は橋梁構築材の製作を業とするものであり、本件事故は重量の大きな鋼材をもって橋桁を製作する作業中に発生したものであるが、かかる作業中に橋桁横転等の事故が発生するときは作業員に致死傷の結果を生ずる危険のあることは明らかであるから事業主たる控訴会社としては、危険防止のため万全の安全対策を講じ従業員の安全を確保する義務があるものというべきところ、本件橋桁横転が不可抗力等控訴会社の責に帰し得ない原因によるものであることの立証のない本件においては、控訴会社は雇傭主としての安全確保義務に違反したものといわなければならない。右横転の原因を与えた力が何によって発生したか、その力の程度如何が明らかにされないからといって右義務違反の責任を免れるものではない。
もっとも、控訴会社は橋桁横倒れ防止対策として前述のとおりジョイント作業時に養生を施すこととしていたに拘らず、正和らは養生を施さずに作業をしたことも前認定のとおりであり、養生を施して作業をしていれば本件事故発生を防止できたのではないかという疑いがある。しかしながら横転の原因となった力がどの程度のものであったかは明らかでないから、養生を施さなかったことが本件事故発生の原因と断定できず、しかも正和の属していた林班の班長林紘行は、本件橋桁横転時のジョイント作業を正和らが養生を施さずにしていることを知りながら、長年の経験から横転はあり得ないと軽信して何の注意も与えなかったことは前認定のとおりであり、この事実からすると、控訴会社では右養生実施の徹底を指導監督することを怠り、従業員の養生軽視を招いており、これが正和らが養生をせずに作業する結果となったとみるべきであるから、控訴会社の事故防止対策は徹底を欠き結局安全確保義務を尽さなかったといわなければならない。
三 しからば、控訴会社は本件事故により生じた損害を賠償すべきであるが、一方、本件作業を行うにあたっては、横倒れ防止のため養生を施すことが控訴会社により要請されていたこと、しかも、右養生を施せばある程度事故の発生を防止できたかまたは損害の発生拡大を阻止できたのではないかという疑いが窺われないではない本件においては、正和が右養生を施さずに作業したことは、少なくとも損害の発生拡大に寄与した過失があるものとして、損害額の算定にあたってはこれを斟酌すべく、弁護士費用を除く損害の一割を控除して賠償額を定めるのが相当である。
なるほど、正和がジョイント作業をするに当って養生を軽視したことは、控訴会社の安全指導の不徹底によるものであったことは前述のとおりであるが、正和が養生をしないで作業することを余儀なくされるべき事由は本件では認められないのであるから、事故防止の措置を怠った過失が賠償額算定につき斟酌を要しないほど軽微なものとはいうことはできない。
四 次に本件事故によって生じた損害額(弁護士費用を除く)についての当裁判所の認定判断は原判決一六枚目表九行目から同一八枚目表八行目までと同一であるからここにこれを引用する。
右によれば本件事故による損害額の合計は金一、四六五万五、二四〇円であるところ、前記過失相殺をして金一、三一八万九、七一六円に減額する。
そうすると正和は控訴会社に対して合計金一、三一八万九、七一六円の損害賠償請求権を有しているところ、前記のように右同人は昭和四七年二月二一日死亡したので、同人の相続人である被控訴人ら三名が右の金額の三分の一に相当する金四三九万六、五七二円宛をそれぞれ相続により取得したことが明らかである。
しかして被控訴人らが労働者災害補償保険から、遺族補償一時金三〇〇万円、葬祭料金一五万円の給付を受けたことは当事者間に争いがない。
したがって被控訴人ら三名が相続した損害賠償請求権から右の給付額の三分の一宛を控除するのが衡平上相当である。
次に被控訴人らの弁護士費用に関する当裁判所の認定判断は原判決一八枚目裏三行目から同末行まで(但し同一〇行目の金額を金三五万円と訂正する)と同一であるからここにこれを引用する。
したがって被控訴人ら三名が有する損害賠償請求権の額は各金三六九万六、五七二円となるわけである。
五 よって被控訴人ら三名の本訴請求は各金三六九万六、五七二円及び内金三三四万六、五七二円に対する本件事故発生の日である昭和四七年二月二一日から、内金三五万円に対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和四八年一月一九日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから正当として認容し、その余は失当として棄却すべきところ、これと一部結論を異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条、九六条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 綿引末男 裁判官 白川芳澄 高橋爽一郎)